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旨い生ビールで「広島」の経済を復活させると信じて行動する酒屋の社長の徒然日記

旨い生ビールで「広島」の経済を復活させると信じて行動する酒屋の社長の徒然日記

心のウォーミングアップ(1)

 

 

年頭にあたり 心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ってみたいと思います。

 

私がPTAと関わるきっかけとなったのは、丁度6年前の春にさかのぼります。 その頃の私は、仕事人間で、子育て、地域、家庭はなにからなにまで妻の領域と考えていました。 (今思えば、男子厨房に入らず的な家庭環境で育ったので当然と言えば当然なのですが) 土日もほとんど仕事という生活でした。 たまに休みがあると、家族そろって郊外のショッピングセンターで、買い物して、食事して、映画見て、ゲームセンターで遊んで、晩御飯も食べて家に帰る。 そんな休日でした。 町内会の掃除や、運動会など・・自分か参加するものだとはまったく思ってもいませんでした。 妻が家の前で通る人に向かって挨拶しているのをみて「なにしよるん。 恥ずかしいけ・・やめんさいや」と言っていたくらいです。

 

その頃の妻は、子ども会と小学校のPTAに関っていたようですが、興味がないのと、自分には関係のないことだと思い、なにも意識していませんでしたし、子ども会やPTAが、なにをしているのかも関心がありませんでした。

 

そんなある日、たまに家に早く帰ると・・・「どんより」とした空気が家中にただよっています。 っま、なにか嫌なことでもあったのだろう・・・っま、一晩寝たら気分も晴れるだろう~ そんな気軽なきもちでいました。 それが、数日たってもなおる気配がありません。 さすがの私でも「どうしたんや?」と聞いてしまいました。 すると「来年度のPTA会長のなり手がいないんだ」との事。 そっか、それは大変だね。 っま誰かやるでしょう~ なにもお前がそこまで悩まなくても・・・と思い。 そのままにしていました。

 

そんな日が続き、ますます暗い~妻を見ることになります。 なんでお前がそこまで悩むんだ? そこで初めて知りました。 妻は、小学校のPTAで選考委員会の副委員長を任されていて、次年度の執行部を選ぶ役目だったのです。 誰も引き受け手がいないので、悩みに悩み。 自分自身は、次年度の副会長を引き受けてまでも、なんとかしようと頑張っていたようです。 そのことを・・・まったく知らなかったのです。

 

思わず言ってしまった一言。

 

  「俺でも できるんか?」

 

これが、PTAとの出会いでした。

 

 

 

 

 

 


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